ゆめぴりか賛歌

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 農業にはなんの関心もなかった。だから知識も小中学生程度もあったかどうか。
 水田や畑が近所になかったわけではないが親の仕事とは関係がなく、そういう人とたちとの接点もまるでなかった。
 家にも猫の額ほどの畑があり、母親が家計の足しにトマトや大根を作っていたが横目で見るだけでこれといって手伝った記憶もない。
 感心なことに籾を苗代で発芽させ苗まで育てて、水田に移植する、そんな工程は覚えていたが、稲が花を咲かせ受粉して米が出来るという、考えればあたりまえのことが念頭からは欠落していた。
 それがなんの因果か、30才を過ぎてから突然、水田のど真ん中に暮らすことになった。私は陶芸家で廃校になった校舎をアトリエなどに再利用することは当時ちょっとした流行だった。昭和58年の話だからもう4半世紀も前のことになる。

 百姓という本来は美しい言葉がいったいいつごろから蔑称として、使われるようになったものか。その人たちを前にこの言葉が使えなくなって、すでに久しいが私も都市部の生活者として、なんの根拠もない優越をいつか知らず知らずのうちに身にまとっていたのだろう。
 そんな私に農家の人たちは自虐と露悪をもって応じる。
 それは自衛の為に身につけたその人たち一流の韜晦の術であったかもしれない。

 しかしぎくしゃくしたなん年間かのあいだにも農家の人たちとの日常的な接触は続くわけでたとえ敵同士であったとしてもやがてはうちとけざるえなかっただろう。
 それに、冠婚葬祭の度に末席に連なりながらそこでかわされる農作業の話を聞くともなく聞いていると、私にもそんな仕事に対する関心が少しずつ芽生えてくるのだった。
 興味を示して質問をぶっつけると馬鹿にしながらも農家の人たちはけっこう真面目に答えてくれた。
 たしかに馬鹿にされてもしかたがない面もあったと思う。最初の頃の私の質問は一反、何俵取れるかなどといったようなものでそんなことはこの辺では子供だって知っているだろう。
 しかし私は初めて、一反8俵が目やすだが、年により、人によって、6俵から12俵ほどのひらきがあることを知ったのだった。

 関心を持って耳学問を始めると、農家の人たちの話もなかなか面白い。
 こと米作に関しては、それぞれに一家言があって、そこら辺りは識人の世界と変わらなかった。
 農薬の使い方、天候への対応にも一人一人の工夫があるが昼夜の温度差にあわせて、水田の水の張り具合をかげんするというような話は私をちょっと感動させた。
 北限の米作りの苦労を知ると、うまい、まずいのはなしではなくなった。
 以来、私はなんといったって、身元のはっきりした道産の新米だよとことあるごとに吹聴している。
 
 もっともかっては猫またぎと揶揄された北海道米の食味が飛躍的に改善され始めたのもその頃からだ。
 きたひかりあたりがその嚆矢になるだろうか。
 バイオテクノロジーの発達で改良の速度もあがった。
 地球温暖化もこと北海道米に関しては非常に有利に作用している。ゆきひかりなどもう十分に本州米と肩を並べていたのではないか。
 そうして、平成元年(1989)デビューしたきらら397はそのネーミングのよさもあって堂々全国区のブランド米の地位をしめた。

 ささにしき、こしひかりなどたしかに優秀な米なのだろう。しかし流通の過程でまぜ米をくり返して、わけのわからない米になったものが本来のうま味を保持しているわけがない。
 私は気心の知れた身近の農家が丹精した米を玄米の状態でわけてもらう。それを小型の精米機で毎食ごとに精米して食べている。
 その米の食味になんの不満もない。
 今、私のもらっている米はおぼろづきだがこれだってなかなかうまい。
 どうも、きらら397とゆめぴりかの隙間で継子あつかいされたようで不憫な気がする。

 さて、ゆめぴりか、数年前から噂には聞いていたが今年いよいよ作ずけが始まるとあって私も大いに期待していた。
 本州のブランド米に、優るとも劣らないという、まさに夢のような北海道米だ。
 しかしこの気候だった。
 残念な結果だったがしかし逆に考えればこのような状態でもなお、そこそこの収量を確保したことは農家の人たちの殊勲ではなかったか。冷害をくい止めた栽培技術の進歩を私は素直に評価したい。

 米という字は八十八と書く。それだけ手数がかヽるのだと教えられた。
 しかし人によると稲は穂にたくさんの花をつける。それで八十八だという。聞けばこの意見も棄てがたい。
 稲の花はゆかしいものだ。足を止めてながめるような花ではないが、たとえば一つの水田で何万、何億という花がいっせいに開花する、その様子を想像すだけでも自然の偉大さに心ふるえるものがあるではないか。
 燦々とふりそそぐ太陽の光の下で、何万、何億という稲の花がいっせいに開花し、花粉をとばして受粉する。来年の初夏にはそんな光景をきっと見ることが出来るはずだ。
 希望しよう。
 ゆめぴりか!

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