釉薬(くすり)掛けなど

 釉薬掛けは裏場仕事などと呼ばれる地味なものだが製品の出来を左右する重要な仕事だ。
 雑器を焼いて暮らしを立てる小規模な工場では通常、裏手に陣取ったおかみさんや近所のおばちゃん達が日がな一日釉がめをかきまわしながら素焼をくぐらせては高台を拭くという一連の動作を繰り返している。
 手際のいい職人仕事は見ていて気持ちのいいものだがこれが無造作のようでいてけっこう熟練を要するのだ。
 素人がやるとまず厚さむらをつくる。べたべたと余計なところを触りまくって指のあとをつける。周囲は汚すし、時間はかかるしで焦るとますますうまくいかない。
 よい裏場師のいる工場は栄えるというのもわかる。

 うちの工房では釉薬掛けはいまだに私の仕事だ。もう息子にまかせてしまいたいのだが、そっちはそっちで自分の持ち分をこなすのにふうふういっているところだから、なかなかそういう訳にもいかない。
 手は荒れるし、服は汚れる。移動運搬はけっこう重労働だ。冬場などいったんあかぎれをつくると下手したら春まで治らない。年をとると手の脂も切れてくるものだろうか。若い頃にはそれ程気にしなかったように思うがともかく細心の注意で手は守る。やればまだまだ人後に落ちないという自負が何とか私を支えている。

 こんなにきれいに釉薬を掛けるのには何かこつでもあるのでしょうか、窯を持ったばかりの人が訪ねて来て、そんな質問をすることがある。
 こつは約束事を一つ一つききちんと守ること、数をこなすこと、そうしていれば誰だってそのうち上手くなります、愛想のない返答のようだが、実際これがすべてだと思う。

 釉薬は必ずバケツの中に手を入れて底からきちんと溶きましょう。
 だまが手にあたるようだったら大儀がらずフルイに二度、三度通しましょう。
 濃度計を使って適正な濃度に調整しましょう。すぐに使うためには多めに水をきって、少しずつ水を足してやる微調整がいいでしょう。
 ハンドクリームなどを塗った手で素焼を触ってはいけません。
 素焼を点検して削りくずやごみを落とし、丁寧にはたきをかけましょう。
 どれもこれも当たり前のことで、私自身が釉薬掛けをする際にも必ずこういった手順は踏む。
 しかし素人は実にしばしば横着をする。柄杓で二、三度バケツをかき回したぐらいで釉溶きを済ます。はたきはかけない。これでは誰がどうしたって上手くいくわけがない。
 好きでやっていて肝心かなめのところで手を抜くと言う心境がどうしても私には理解できない。

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