ショート・ストリィ “風子”Ⅰ 前編

 自動車の前の方って、やっぱりなんだか顔に見えると思う。動物の顔だったり、人間の顔だったりはするけれど、大きなライトは二つの目だし、銀色のバンパーは口、ラジエーターグリルは鼻で、そうやって見るとけっこうみんな個性的な顔をしている、、、。
 
 直前まで来て止まった車の顔が蛙みたいに見えたので気を取られていると、降りてきたおじさんはもっと蛙みたいだったので吹き出すのをこらえて下を向いた風子だったけれど、尋ねられたところが自分の家だったので笑いはそのまま凍りついて、不安の表情だけが残った。
 指さした方向に歩いていくおじさんの後姿を見送りながら、今度は何なんだろうと風子は思案する。
 ここずうっと、いいことなんてない。昨夜もおかあさんは私が寝入ったのを見定めるようにして泣いていた。あのおじさんは何かもっと悪い話を持ち込んできたのだろうか。

 風ちゃん、御飯の支度、出来た、ケイちゃんにうながされて風子は我にかえる。
 いつものようにケイちゃんの家の玄関先、道路のすぐ横にシートを広げて風子はミイちゃん、ケイちゃんと三人でおままごとの最中だった。
 今日はミイちゃんの誕生日で風子はちらし寿司を作ることになっている。ねえ、イチゴと栗とどっちが好き、とケイちゃんがミイちゃんに尋ねている。ケイちゃんはケーキを作っているところだけれどイチゴケーキかマロンケーキのどっちがいいかということなのだろう。
 やっぱりイチゴ、ミイちゃんのおだった大声を聞きながら、去年はみんなでイチゴ狩りに行ったけれど今年はどうなるのだろうと風子は思った。
 お兄ちゃんは去年、いい気になってイチゴを食べ過ぎてお腹をこわして大騒ぎだった。

 蛙のおじさんについて出てきたおかあさんは何かきつねのお面をかぶったみたいにつんと目をつり上がらせて真っ白い顔をしていた。
 ちょっとお出かけしてくるけれど、いい子でおるす番していてね、おかあさんがおじさんと蛙の車で行ってしまうと急におままごとにも身が入らなくなってしまった。何となくそんな気分が伝わったのかもしれない。
 もう止めようか、ケイちゃんが言って、そうね、ミイちゃんが相槌をうつ。
 後片付けを始めると、ふいに風が一吹き、雨の匂いと思う間もなくパラパラと雨が降り出した。
 じゃあね。
 またね。
 三人はそれぞれに声をかけあって、家に駆け戻った。

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