サボるⅢ

 三年の三学期なんて十日も登校日があっただろうか。もう行かなくてもいいようなものだと思われたけれど最後の最後におかしなチャンをつけられるのも嫌だったからとりあえず登校すると待ってましたとばかりに担任から呼び出しがかかった。
 職員室に顔を出すとお前ちょっと休みすぎだなといきなり言われた。はあとあいまいに答えるしかない。まだ状況が飲み込めていなかった。
 それでだ、もう一年、やってもらわんとならんことになったから、一年間目をつぶって泳がせた私に決定的な一撃を食らわせて担任はさぞ溜飲を下げたことだろう。自分はどのような反応をしたものか、青菜に塩、そんなもので済んだのならまだいい、思うだに情けない。
 -----しかし、先生、八割ということでよかったんじゃないですか。
 -----そうだよ、でもお前はどの教科も八割には足りないな。
 -----そんな。ちゃんと計算して……。
 -----残念だったな、お前、学校があってもだよ、授業がつぶれるとそれは授業があったことにはならないんだ。学校祭だろ、体育祭もあるわな、中間試験に期末試験、けっこう授業はつぶれているんだぞ、そういうの、みんな計算に入っていたか、えっ。

 いわれて見れば確かにそうだ。弁解の余地もない。進退にきわまるとはこのことか。ああ、もう一年。しかし、そんなことは死んだって嫌だ。
 -----なんとかなる方法なんてないもんでしょうか、言いながら担任を盗み見る。
 -----お前が勝手にやったことだ。おれは同情なんてする気はないぞ。自分で始末をつけるんだな、だが担任にはどこか、とりつく島がありそうな気配だった。
 
 あれで執拗にいたぶられていたらやっぱり私は席を蹴っただろうし、学校も止めていただろう。当然、一頻り説教は喰ったが切り上げの間合いは見事だった。
 -----いいか、恭順の意だぞ、恭順の意。そんなだらしのない格好では駄目だ。服装を整えて、髪だって、さっぱりさせろ、おれからも頼んでおいてやるから、一人、一人、教科の先生に頭を下げて歩け。ひょっとすると、本当にひょっとするとだけだけどな、助けてもらえるかもしれないから。

 私たちの学校は丸刈りと決まっていたが三年の二学期終了時からは伸ばし始めてもよいと暗黙の了解があった。それを教師の目を盗んで少しでも前倒しする。皆が皆考えることだが私の髪もけっこう伸びていい感じになっていた。
 髪は女の命だなどという。男だって口にこそ出さないだけで命がけだったりするから高額のかつらをかぶったりするのだろう。
 未練がましく鏡をのぞいて溜息をついて、しかしそんなことをいっていられる場合ではなかった。

 私は青々とした坊主頭で、きちんと詰襟に白カラーを立てた学生服姿でしおらしく、教科の教師に頭を下げてまわり、どうにか卒業にこぎつけた。
 式の当日、担任が言った。
 -----お前、今夜、おれのところへ来い、お前とはもう少し話しておかなきゃならないことがあるみたいだ。
 私はその夜、図々しくも一升ビンを下げて担任の家に乗り込み、差し向かいで飲んだ。
 よかったなあと担任は幾度も繰り返す。そのあげく、今度はお前の家へ行って飲み直そう、と騒ぎだした。
 -----おれはお父さんやお母さんにも一言、よかったねって言って上げたい。
 だけどもう担任は足腰も立たない程酔っていた。
 よかったなあ、くずれた腰で担任は私の為に泣いてくれた。
 だから四半世紀を過ぎて担任は今も恩師なのだ。

 私はつい最近まで、高校を卒業できずに苦悶する夢を見た。だだっ広い教室に一人、丸刈りの私は立たされうなだれている。奇妙なことに私には、すでに妻や子がいるらしい。ここで卒業できなければどうにもならないということで焦っている。焦っているがどうにもできない。ぐっしょりと寝汗をかいて目を覚ます。うなされたような気もするが自分ではわからない。
 そうやって私は生きのびてきた。しかし生きのびたことに意味があったかどうか。
 朝、息子の顔を見ると生きのびた意味がなかったわけでもないような気もする。

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