縁起(げん)をかつげば

 いまだ人知が及ばぬところがあるせいかもしれない。焼きものの世界では験かつぎ、忌ぎらい、迷信の類がずいぶん多いような気がする。
 その一つ一つに気を配っていたら身動きが出来なくなりそうなので、大抵は知らぬふりで済ます。
 それでも窯の奥には神棚が据わっているし、中には瀬戸の陶彦神社の御札、大窯を焚くのは大安、火を入れる前には家族揃って拍手を打つ。
 赤不浄、すなわち出産などを忌み嫌うのは職人仕事ではけっこう普通でなかなかうるさい。私も妻の出産時には三日間病院に寄りつかなかった。当然、義父・義母には大ひんしゅくを買った。忌明けに尾頭付きの大鯛を持参して何とか離縁を免れたといういきさつがある。くわばらくわばら。

 私はカトリック系の女子高で三十年近く陶芸を教えたが、ある時、窯を購入する話が持ち上がった。何もかも私にまかせっきり、おおらかと言えばおおさかだが、その分、私は責任も感じ張り切った。
 初窯には左馬と言って馬という字を逆さに書いた湯呑を配る慣わしがあります。火がよく走るようにということですが、それでお茶を飲むと中風にならないとも言われています。これはとりあえずこちらで用意しましょう。
 話はとんとん拍子に進んでいったが、それで神主さんを呼んで、と言うに及んで凍結した。

 うちはカトリックですから。

 しかしやることはやらないと、とすったもんだが一週間も続いただろうか。
 最後は泣き落としに私が折れたが、神父さんがお祓いした窯など日本広しと言えどもそうざらにはないだろう。
 それでよかったのかもしれない。この窯は今も健在で生徒の傑作を焼き続けている。
 高文連全国大会に毎年のように生徒を送ることなど、神助がなければ出来ることではないだろう。
 来年は三重だと言うが、ついこの間出場が決まった。

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